弁護士インタビュー

依頼者のための仕事と社会貢献とをシンクロナイズして、やりがいを得る

井上 聡

パートナー/42期
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Q1

今、どんな仕事をしていますか。

主として国内外の金融機関に対し、銀行、証券、信託その他の金融分野で取引の設計や組成について助言したり、金融当局の最新動向をふまえて、金融規制や、金融機関のガバナンス・コンプライアンスについて助言したりしています。取引の設計・組成の早い段階から相談を受けて、さまざまな法律構成を構想し、それぞれの良し悪しを検討する仕事の割合が大きいところに、私の仕事の特色があると思います。

もう1つの特色として、証券決済、資金決済、証券市場、金融市場等の金融制度に関する相談を金融機関のみならず公的機関からも受けることが挙げられます。そのような場合、解釈論にとどまらず、あるべき制度について議論することが求められます。

また、金融取引に絡んだ紛争案件の相談もあり、海外訴訟を含め、訴訟案件を何件かは常に担当しています。金融機関や公的機関が当事者となる複雑な案件の裁判例は、法律雑誌に掲載されることが少なくありません。

最近は、金融機関の経営層から重要なM&A取引の相談を受けたり、重大な不祥事や危機事案への対応を求められたりすることが増えましたが、そんなときは、それぞれの分野を専門とする同僚パートナーとチームを組んで対応しています。

Q2

今のような仕事をするに至った経緯を教えてください。

事務所に入った当時はバブルが弾けた頃で、まだ海外企業の日本進出(合弁会社の設立やライセンス取引)を手伝う仕事が多く、苦手な英語に苦労しました。税務に興味を持っていたことが契機となって、留学前は、新規性の高い金融取引の税務問題を分析する機会が増えました。金融取引の設計に関わる民法、信託法、倒産法、規制法その他の法律問題を広く検討するようになったのは、海外での留学・研修から戻った後です。日本銀行の金融研究所に出向して、信託を研究したのが大きな転機となりました。

その頃は不良資産の処理が日本の金融機関にとって大きな課題でしたから、信託を利用した資産の流動化取引のニーズが高まり、その結果として、次々と新しい取引の設計に取り組み、それが形になっていきました。また、窮境にあった金融機関が海外のSPCを通じて自己資本を増強する仕組みを海外の法律事務所と連携して組成し、自己資本比率規制に関する告示に新たな類型を加える結果となりました。それらの経験を通じて、依頼者とともに日本初の取引類型を生み出す醍醐味を何度も味わうことができました。

その後も時代の動きに応じて不動産案件が増えたり破綻処理対応が増えたりして業務の裾野が広がり、現在に至っています。金融機関の経営層から重要な案件の依頼を受けることが増えているのは、すでに述べたとおりですが、当時、最先端の取引に一緒に取り組んだ金融機関の担当者がその後に経営を担うようになり、これらの依頼につながっています。

Q3

学界や立法・行政との関わりを教えてください。

学生時代は大学の先生に近づかないタイプだったのですが、日本銀行の金融研究所に出向している間に、研究者の先生方とのおつきあいが始まりました。それを契機として、金融法学会、信託法学会その他のシンポジウムでの研究報告や、法律雑誌への寄稿を求められるようになり、学界とのつながりができました。

立法過程や行政運営に関わることも増えました。比較的若い頃から、金融審議会のワーキンググループや産業構造審議会の小委員会の委員等の立場で何度か立法に向けた議論に関与しましたが、最近では、金融庁の「仮想通貨交換業等に関する研究会」でビットコイン等の暗号資産の取引に対する規制のあり方を議論したことが、金融商品取引法や資金決済法の改正につながりました。現在は、法制審議会担保法制部会のメンバーとして、動産・債権を中心とする担保法制について議論に参加しています。また、金融行政モニター委員(金融庁参与)として、金融行政の運営に関する意見を広く受け付け、その中から行政運営の改善のために有用なものを取りあげて、当局に提言するようにしています。

Q4

弁護士が学界や立法・行政と関わることの意味をどう考えますか。

法学は実学です。社会を良くするための学問です。法律知識や法的思索については、研究者の先生方に幅も深さも及びませんが、弁護士は、取引社会の新たな要請に触れて、誰も考えたことのない問題に気づく機会に恵まれている点に強みがあります。そのような観点から、弁護士だからこそ法学に貢献できる面があるように感じます。それとともに、研究者との議論から刺激を受けて法的思考力が養われ、弁護士として少しずつ前に進んでいる喜びを感じることもあります。

立法過程においても、弁護士は、依頼者の悩みを直接肌で感じて、現行法が時代遅れになっていたり欠落していたり不明確であったりすることに問題意識を持つことができる立場から、より良い法規範の形成に貢献できると思います。行政運営への貢献についても同じです。特に、規制業種である金融分野においては、弁護士としての経験と、行政当局との対話とが、相互に良い影響を及ぼし合うように思います。

Q5

これから弁護士を目指す方へメッセージをお願いします。

自らの専門を磨いて人の役に立つことを職業としたいと思って弁護士になったものの、最初の数年は、人の役に立つどころか、先輩弁護士の役にすら立てず、むしろ手間を増やすばかりで、しばしば自己嫌悪に陥りました。しかし、空振りばかりだった私も、少しずつ打率が上がり、たまには長打を打てるようになりました。たとえ少しずつであれ、去年の自分より今の自分の方が良い弁護士になっている実感というのは、うれしいものです。留学・出向から戻った頃には、自分を育ててくれた先輩に恩返しができるようになり、依頼者から感謝してもらえることが増えていきました。

弁護士としてのやりがいの中核は、自らの専門を磨いて依頼者の役に立ち、喜んでもらえることにあると思います。辛抱強く、最先端の案件に関与する機会や、海外留学・研修の機会や、日本銀行への出向の機会を与えてくれた事務所には本当に感謝しています。

年次が上がるにつれて、最近は、後輩弁護士をプロデュースすることを心がけています。良い案件をいっしょに担当し、シンポジウム・研究会等に参加する機会を紹介し、出向や研修の機会を提供することで、自分がそうであったように、弁護士業務と対外的な活動とをシンクロナイズしながら「社会から見える」弁護士になってもらえたらと考えています。

弁護士は、依頼者のための仕事と社会への貢献とを相互に作用させながら自らのやりがいとすることができる職業です。当事務所は、若い弁護士にとって、そのための機会に満ちあふれた環境であると思います。

プロフィール

井上 聡

42期 パートナー

1990年入所。金融取引の設計を中心に、金融グループの再編、金融機関の不祥事対応、取引先の破綻対応にも経験を有する。法制審議会担保法制部会委員、金融法学会理事、事業再生研究機構理事、金融行政モニター委員(金融庁参事)。

プロフィール詳細

学歴/職歴

  • 1988

    東京大学法学部卒業

  • 1990

    長島・大野法律事務所(現 長島・大野・常松法律事務所)入所

  • 1994

    Harvard Law School卒業(LL.M.)

  • 1994~1995

    Sullivan & Cromwell LLP(New York)勤務

  • 1995

    Loyens & Volkmaars(現Loyens & Loeff)(Rotterdam)勤務

  • 1995~1996

    De Brauw Blackstone Westbroek(Rotterdam)勤務

  • 1996~1997

    日本銀行金融研究所勤務

  • 1998~

    長島・大野法律事務所(現 長島・大野・常松法律事務所)パートナー

  • 2010~2013

    東京大学法科大学院客員教授